ビルマ・アウンサンスーチー氏
総選挙に向け、解放しない軍政の思惑
自宅軟禁が続いているビルマ(ミャンマー)の民主化運動指導者アウンサンスーチー氏が、自らの拘束を不当として上告していた件で、ビルマ最高裁は二月二六日、スーチー氏側の訴えを棄却した。スーチー氏は昨年、突然訪れた米国人を自宅に入れたことが国家防御法違反とされ、禁固三年の有罪判決を宣告されていた。
最高裁の判決後、欧米諸国の政府を中心に棄却を遺憾とする談話が一通り発表されたが、棄却に驚いた声はなかった。そもそもビルマに司法の独立はなく、軍政の目的は、もっともらしい理由をつけてアウンサンスーチー氏の拘束を続けることが明らかだからだ。背景には、軍政が今年、新憲法に基づいた総選挙を実施しようとしていることがある。
国際社会の関心は総選挙が自由・公正に行なわれるかに集まりがちだが、軍政は選挙を自由・公正に行なおうとは端から考えていない。民主化改革の一環として総選挙を行なうというのはプロパガンダで、実際には軍政、特に事実上の独裁者であるタンシュエ上級大将が身体的・経済的に安全に現政権から身を引くための出口戦略という性質の方が強い。これは、選挙の根拠となる新憲法が軍政により一方的に起案されたことからも明白だ。新憲法では、議会議席の二五%を軍関係者が占めることや、アウンサンスーチー氏や現在政治囚として収容されている民主化活動家が政府に入れないことが定められるなど、様々な規定で軍支配の継続を保障しており、現軍政関係者の訴追免除規定まである。また一方で軍政は、国営・国有企業の売却を進めるなど民営化に向けた動きを活発化させている。
一九九〇年に自由・公正に行なった総選挙では、アウンサンスーチー氏率いる国民民主連盟(NLD)が大勝利を収め、軍政は大敗した。以来二〇年間、軍政は「非合法な政府」であることを理由に、国際社会からの経済制裁を受け続けてきた。また、二〇〇七年九月に起こったデモが、僧侶たちを中心に一〇万人規模まで膨れあがったことからもわかる通り、国内の軍政への不満は非常に大きい。総選挙を自由・公正に行なうことは、軍政にとってリスクが大きすぎるのである。選挙を「無事に」運営し、信頼できる勢力に議席の多数を占めさせることに、軍政は日々力を注いでいる。欧米や国連が、拘束力を持たない声明等で「選挙を自由・公正に行なえ」と言ったところで、軍政には届かない。
軍政がアウンサンスーチー氏を拘束しておきたい理由は、二つある。第一に、アウンサンスーチー氏が現在もビルマ国民に人気が高く、彼女が自由に政治活動を行なえる状態では、総選挙を軍政にとって有利に運ぶ妨げとなる。第二に軍政にとって「アウンサンスーチー解放」という交渉カードの重要性だ。氏の解放は、経済制裁の解除や欧米政府との関係改善に直接つながっている。昨年八月、米国政府内で経済制裁解除を推進していることで知られるウェッブ米上院議員がビルマを訪問した際には、欧米の要人とはめったに会おうとしないタンシュエ上級大将が自ら応対し、いつもは米国について否定的な論調の国営紙も、訪問を「米国との関係改善に向けた第一歩」と評価した。軍政がどんなに制裁解除とそれに伴う投資増や開発援助等の再開を望んでいるかは、明らかであろう。ここぞというタイミングでアウンサンスーチー氏を解放し、最大限の利益を導くためにも、スーチー氏の拘束を続けておく必要があるのだ。国際社会が「スーチー氏の参加なしでは選挙の信頼性が失われる」といくら言っても効果はない。
自由・公正であるか否かを問わず、選挙を通じて新政権が生まれてしまえば国際社会もその状態を受け入れるだろうという軍政の判断を国際社会が拒むこと。また、「(スーチー氏が参加せず)選挙の信頼性が欠ける」と軍政にとってどのような悪い結果につながるのかを国際社会が軍政に明確に示さない限り、軍政は行動パターンを変えないだろう。
秋元由紀・ビルマ情報ネットワーク
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Friday, March 12, 2010
ビルマ・アウンサンスーチー氏 ,総選挙に向け、解放しない軍政の思惑
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